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東京地方裁判所 平成12年(ワ)5696号 判決 2000年8月07日

原告

甲野一郎

被告

乙山二郎

右訴訟代理人弁護士

清水謙

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は,原告に対し,金1000万円及びこれに対する平成12年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  一について仮執行宣言

第二当事者の主張

一  原告は,別紙のとおり請求の原因を述べ,被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料として金1000万円及びこれに対する不法行為の日の後であることが明らかな平成12年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,別紙のとおり被告が不法行為に基づく損害賠償責任を負う理由について述べた。

二  被告は,請求の原因1及び2の各事実,同3のうち,被告が原告の上司であること,同4のうち,株式会社日経ビーピー(以下「訴外会社」という。)が原告に対して業務命令違反を理由にけん責処分,減給処分及び出勤停止処分を発令したこと,同5のうち,原告が事前に連絡した上で平成12年1月11日から欠勤していること,同6のうち,訴外会社の就業規則36条1号には,「勤続満6カ月以上の従業員が業務外の傷病により引き続き3カ月を超えて欠勤したとき」には「休職とする」と定められており,訴外会社の給与規定17条1号には,「事故欠勤」の場合で「予告連絡」がされた場合には「生活給」と「貢献給基礎額」を減額しないと定められていること,同7のうち,訴外会社が平成12年3月に開催した経営会議で原告に対する懲戒解雇処分を決定し,その旨を公表したこと,同8のうち,訴外会社が投函した「懲戒解雇通告書」が平成12年3月3日に原告方に配達されたが,原告は不在のためこれを受領しなかったこと,同9のうち,原告が平成12年3月3日東京地方裁判所に地位保全等仮処分申立事件(平成12年(ヨ)第21057号事件。以下「本件仮処分命令申立事件」という。)を申し立て,原告は,同月7日訴外会社が投函し原告方に配達された「懲戒解雇通告書」の受取りを拒否したことは認め,その余はすべて争うと述べた。

第三当裁判所の判断

一  訴外会社が平成12年3月に開催した経営会議で原告に対する懲戒解雇処分を決定し,その旨を公表したこと,訴外会社が投函した「懲戒解雇通告書」が同月3日に原告方に配達されたが,原告は不在のためこれを受領しなかったこと,原告が同月3日東京地方裁判所に本件仮処分命令申立事件を申し立てたこと,原告が同月7日訴外会社が投函し原告方に配達された「懲戒解雇通告書」の受取りを拒否したことは,当事者間に争いがない。

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,同月17日に開かれた本件仮処分命令申立事件の第1回審尋期日において「懲戒解雇通告書」を書証として提出し,原告はその交付を受けたこと,「懲戒解雇通告書」には,「弊社は,貴殿に対し平成12年3月3日をもって懲戒解雇することを通告する。」と書かれていたことが認められる。

以上によれば,被告が原告を平成12年3月3日をもって原告を懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)は,既に原告に到達しているものと認められる。

二  原告は,本訴において,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めているが,原告の主張は,要するに,本件解雇は,被告が原告を懲戒解雇する旨の議題を訴外会社の経営会議に諮ったことによりされたものであり,いわば被告と訴外会社との共同不法行為であるというもののように解される。

ところで,懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇することが,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合(最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決・民集29巻4号456頁を参照)や,一応懲戒解雇事由があると認められても,当該具体的な事情の下において解雇に処することが著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認することができない場合(最高裁昭和52年1月31日第二小法廷判決・裁判集民事120号23頁を参照)には,懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇することは権利の濫用として違法であり,懲戒権の行使としての懲戒解雇について不法行為責任が成立し得るということになるが,懲戒権の行使としての懲戒解雇に不法行為が成立すると認められる場合に,当該懲戒解雇について不法行為に基づく損害賠償責任を負うのは懲戒権を行使した使用者のみである。懲戒権を行使した者が会社である場合には,その代表者が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇するまでにその会社の取締役や従業員等が懲戒解雇の手続に関与するものと考えられるが,仮に懲戒解雇の手続に関与したすべての取締役や従業員等が懲戒解雇に賛成したとしても,会社の代表者が懲戒解雇に反対すれば懲戒権の行使として従業員が懲戒解雇されることはないのであり,逆に,懲戒解雇の手続に関与したすべての取締役や従業員等が懲戒解雇に反対したとしても,会社の代表者が懲戒解雇に賛成すれば,懲戒権は行使されるのであって,このことからすれば,懲戒権を行使した者が会社であったとしても,会社が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇したことについて不法行為に基づく損害賠償責任を負うのは,あくまでも使用者である会社である。

三  しかし,会社が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇するまでに懲戒解雇の手続に関与した取締役や従業員等が,殊更にある従業員を懲戒解雇することを目的として,その従業員を懲戒解雇すべき理由がないことを知りながらあえて,又は,一応その従業員を懲戒解雇すべき理由はあるが,懲戒解雇に処するのが相当ではないことを知りながらあえて,懲戒解雇を提案し,又は,提案された懲戒解雇に賛成するなどして,懲戒解雇の手続を積極的に進めた結果,その従業員が懲戒解雇されたという場合に,その懲戒権の行使としての懲戒解雇が懲戒権の濫用として違法であると認められるのであれば,その従業員を懲戒解雇することを提案し,又は,提案された懲戒解雇に賛成するなどして,懲戒解雇の手続を積極的に進めた取締役や従業員等には,懲戒解雇を提案し,又は,提案された懲戒解雇に賛成するなどして,懲戒解雇の手続を積極的に進めたことについて不法行為が成立し得るものというべきである。

四  本件においては,証拠(<証拠略>)によれば,被告が訴外会社の人事部を通じて訴外会社に対し原告を懲戒解雇することを上申したことが認められるが,他方において,証拠(<証拠略>)を総合しても,被告が殊更に原告を懲戒解雇することを目的として,原告を懲戒解雇すべき理由がないことを知りながらあえて,又は,一応原告を懲戒解雇すべき理由はあるが,懲戒解雇に処するのが相当ではないことを知りながらあえて,懲戒解雇を提案したことを認めることはできない。

そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被告の原告に対する不法行為の成立を認めることはできない。

五  結論

以上によれば,原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

<別紙> 請求の原因

1 原告は訴外株式会社日経ビーピーと昭和58年4月から期間の定めのない労働契約を締結していた。

被告は訴外株式会社日経ビーピーの福利厚生部長である。

2 原告は訴外日経ビーピーとの間で平成6年9月1日付け配置転換命令は無効などとして東京地方裁判所平成11年ワ第4526号として争っている。

3 原告は重大な人事事項をのぞき3項による新勤務先の必要最低限の業務を(ママ)仮に従っており,被告は形式的には所属長の責任者である。

4 被告は平成6年9月1日以降,訴外日経ビーピーに損害を与えない程度で業務に協力してきたにもかかわらず,形式的業務命令違反を理由として,譴責や減給や出勤停止などの懲戒辞令を一方的に発令した。

5 受認(ママ)限度を超えたため欠勤を平成12年1月11日からし,電子メールで事前に予告通知した。

6 欠勤3ヶ月の場合は休職とし,予告連絡ある場合は所定内賃金は減額しないのが訴外日経ビーピーの就業規則の定めである。

7 しかし,訴外日経ビーピーは平成12年3月9日開催の経営会議で,債権者(ママ)を平成12年3月3日付けで懲戒解雇処分とすることを報告し,了承を経た後社内で公表した。

8 だが,債権者(ママ)が解雇通知を平成12年3月3日に受領した事実はない。同日付けで不在預かり通知が郵便局からあったにすぎない。

9 債権者は解雇の危険をさけるため平成12年3月3日に東京地方裁判所平成12年ヨ第21057号を立件(ママ)し,審尋期日指定通知が訴外日経ビーピーに送達すると同時に到着するように受取拒否を平成12年3月7日にした。

10 そうすると,地位保全仮処分申立をしたことによる正当な受け取り拒否の理由があり,解雇通知は正当に債権者(ママ)に到着した事実はなく,民法第95条によって解雇処分は錯誤により無効である。

11 右記事実は被告の業務命令違反を理由とする懲戒議題を訴外日経ビーピーの経営会議にはかったことによるものである。被告は民法710条により原告に対し精神的損害を平成11年2月24日以降与えた。

12 よって,金1000万円の慰謝料を求めた提訴した次第である。

被告に対する不法行為責任

一 原告の被告に対する請求は民法第709条による故意または過失による不法行為責任を原因とし,訴外株式会社日経ビーピーと共同不法行為を原因とした事実によるものである。本件被告は民法第715条第2項による監督者であり,損害賠償責任を負う。仮に前項の監督者でないとしても,民法第715条3項により被用者に対する求償権を使用者は持つことから,直接共同不法行為責任を被用者に対して請求することは適法である。

二 本件懲戒解雇は,被告の業務命令違反を形式的理由に,訴外株式会社日経ビーピーの幹部会である経営会議に債権者(ママ)を懲戒解雇する案件を平成12年3月2日に提案し,了承を経て発令されたものであり,因果関係は明白である。経営会議への提案なく,解雇処分を代表取締役がすることは訴外株式会社日経ビーピーはない。訴外株式会社日経ビーピーと被告は共同不法行為として,債権者(ママ)に損害賠償責任がある。訴外株式会社日経ビーピーの就業規則第46,50条では,従業員故意または過失による損害は従業員に求償権をもっとあり,本件では共同不法行為者である被告のみに損害賠償請求した次第である。然るに,本件解雇は前述のごとく,正当な解雇理由も存在せず,信義則に反す違法無効な解雇であり,本件不法行為責任による損害賠償理由はある。 以上

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